テキスト文章

下品な記事を書かないと死ぬ、と組織に脅されて仕方なく書いています。

自動化

建物なんてみんなあの山ほどの高さがあるんですよ。中から人が覗いて手をふったり、窓掃除の作業員が屋上からワイヤーを伝って降りてくるのが見えるんです」といったようなことを延々と話し続けており、気が付くと目の前に新しい飲み物が湯気を立てているその優しさに気づいたのは2週間ほど経ってからだった。「すみません長居してしまった」「いいえ、外の話をきくのがなによりも楽しみでしたから」

「たまには外に。三百万年こちらでお仕事されていると伺いましたが」「ずっとここで暮らしていますから外へなどは」「行こうと思えばすぐそこですよ」「ええ、そうですね」「わたしが道案内をしましょう」「いいえ。この目で実際に見てしまえば何の事はない現実がそこにあるのですから、永遠に胸の中で輝きをもつあなたの話が何よりも素敵なわたしの宝石なのです」

間があった。「ええ、はあ」
「今日は至福でした。もう仕事に戻らなければ。また見たことのないものの話を教えて下さい。」「ええ、ああ。はい」

彼女の仕事は統計の計算のようなものだったと思い出した。昔何度か仕事場を覗いたとき、山と積まれた印紙から何か文字を書き写してるのを見て気の毒に思ったのだった。それでわたしはたびたびその姿を思うと、決して寄り道できるほどの距離にないこのうちまで二年に一辺ほど足を運ぶのだ。
「しかし、仕事を……。なにか、もっと簡単にできませんか。書き写すのなら自動機械をつくれますよ。クラス中に過去問を配るのにやったことがあります。計算するのもきっと、うまくすれば」反応がなかった。自動機械といってもよくわからなかったのだろうか。わたしは実際にやってみせようかと思い、自分の端末を出したが、彼女がしぐさでそれを制したのでやめた。「でも、そのあいだに自分で別のことができるようになりますよ。時間を他のことに活かせるようになります。」説得を続けると、こちらを向いて微笑を浮かべながら言った。「ええ、わかります。もう作ったので。わたしがその自動機械なのです」「えっ」

それで彼女はいつでも仕事をしているのだった。人間だったならばとうに放り出してしまうだろうその仕事は、右の紙から左の紙へ文字を書き写して集計してすべての軸項目に沿って数値を足しあわせては展開して抽出して合算することの繰り返しだ。一日に一枚分が終わるかもわからないのにまだ済んでいない分が外にダンボールボックスで268箱積んである。わたしがいる間にも新たに14箱届いたから一日一箱増えるのだろう。とても間に合っているようには思えないのだが、何年かぶりに来ると少し減っているのでわたしがいない時はもっと早く仕事できるのかもしれない。誰もが自動機械を組んで効率化したいと思うだろし、わたしの前にも同じことを考えた人がいたのだった。それで作られたのが彼女だったが、自律できるようにものを食べたりしゃべったりするようにできていたのだった。わたしは信じないことにした。

「なにをいっているんですか」
「もう作ったので。わたしがその自動機械なのです」
まったく同じことを繰り返し答えるのでわたしは眉間にしわを寄せて不満を表したが、じっと黙って考えると一つの答えが腑に落ちた。もう一度いった。

「え?なに?」
「もう作ったので。わたしがその自動機械なのです」

<なにをいっているんですか>の<なに>を答えた気なのだった。なるほど自動機械というものはそういうものなのだ。心があるように見えてその振る舞いは自動的な反応で説明できてしまう。陰りもなくひとの頼みをきいたりお茶を入れなおしてくれたのもみな理由がついた。人間であったならば不満の一つももらしてであろうそれはやさしさの現れではなかったのだ……。
「繁殖はしないんですか?」自動機械とはいえ、仕事をこなすためにはどう考えても一人では足りていないように思えたのでそう言ったが、あまりにも不躾な物言いではあった。「ええ、子供は作りました」

自動機械も自律しているのだからセックスをしてから産むのだろうか。いや、遺伝子を混合する必然性が無いのだから単性生殖なのだろう。などとうつむいて考えていたが、ふと眼差しを感じて顔をあげた。

「あなたがそうです」