開拓者 9/24
01.
きみは道が閉ざされたことを知った。何を考えていただろうか。いもしない友人に借りた、小型の乗用車の中、窓にぶつかる雨粒の聞こえない衝撃音を想像して、途方に暮れていただろうか。あるいは。
何か尋ねようと、あるいは何かを要求しようとその顔を見つめている間、運転手は決して振り返ろうとしなかった。きみのことばは賃金に見合わぬ仕事をより厄介な仕事に変えゆき、きみ自身でさえ、返事をせず、聞こえない振りをして、やり過ごしたいと思わずにいられなかった。だから耳を両手で塞いで、その仕草を隠すために身を屈めて、雨粒の打ち付ける音を、閃光に続く神鳴りを、想像しながら。
「進んで。この道がだめなら、別の道を。」
その小さな声が、彼には聞こえただろうか。
02.
バスは見知った道をすぎてどんどんすすんだ。背の高い木にかこまれた山道を。
もう、歩いては戻って来れないだろう。岩壁がみえて、あの隙間を通って反対側に行けば、
いつも歩いていた、家へ向かう道なのだと、そう思って、止めてもらおうとしたが、
誰も私の話に耳を貸そうとしてくれなかった。
03.
ついた先はどこか。みわたせる範囲に13ほどの棟があり、あの木々ほどの背たけの建造物が密集している。まるや、しかくの、不揃いで。ガラスですきとおったものもあり、中にたくさんのひとが色とりどりの服で。
「ここは街ですか」そういう場所があるのだと、ぼんやりと知ってはいた。
「ああ。まあ、そういうものです」
04.
なにをしているのかというと、共有しているのだという。
私たちはふれることで相手の考えを理解するという、そういう信仰を持っている。
わたしたちと違う人たちは同じことを信じないし、わたしたちのなかにも信じないものはいる。実際わたしは、相手の考えが理解できたことなどない。しかしなかには。
05.
くうきや、みずや、せかいに充満するものが、私たちにこの世界の像を共有してくれる。
死んだひとを丁寧に埋葬するのは、彼らがそういう、目に見えない精霊になるのだと信じられているからだ。
空気の中にひそみ、触れるものにその記憶を見せる。いまや、故人の記憶を見ることは少なくなったが、かつて、
しんだひとが現れたり、むかしのひとびとがふとうかんでくることは、珍しくはなかったらしい。
かれらを無下に扱うと、あいたいひとにはあえなくなり、あるべきものがきえていってしまう。
06.
他者と同じ景色を共有することがないひとがおり、うしなった とよばれる。
うしなったひと は わたしたちと異なる世界を目にしており
私たちと かかわることができない。わたしたちは失わないように、ふれあう。
わたしたちでないひともが、どうしてわたしたちと同じ景色を共有できるかに付いては
あまりくわしくしられていないが、
07.
ふりかえると、まちの、ガラスの建物のあかりもえてみえた。
そのさきには山がある。背の高い木々があり、わたしの育った場所がある。
しかしかれらには、なにもない空白がみえていた。
08.
ついに進む道も消え失せた。どこを向いても記憶にはない場所で、
そこにはなにもなく、まだなにも作られていない。
ここへきたひとはおらず、ここを知る人はいない。くうきには、
それをおしえてくれる精霊すら。
わたしはなかまの手をにぎり、かれがわたしにみえないものをみていないかと確かめたが、
景色はすこし色が増えただけで、代わり映えしなかった。かれのみるせかいは、
あかく、あおく、断片的だった。それでもやはり
地面は灰色で、なにもなかった。
わたしたちはふるえながらすすんだ。
09.
そこにはなにもなかった。あまりにもなにもなかったので
まるでそこは わたしそのものだった。そしてきみは
10.
そしてきみは道が閉ざされたことを知った。
もうこれ以上すすむことはできない。きみは考えていた。
考えながらコーヒーをいれることにした。カップと、ケトルと、テーブルがあらわれた。
きみは椅子に腰を下ろした。