「どうしようもないクズのクラン」(とちゅう)
私を起こす声が、「起きたか?なんだ、確認していないのか。おいほら、起きているじゃないか。起きたぞ。おい、起きてる」といったような退屈な独り言ではなくてよかった。
退屈な独り言には聴き飽きていた。毎日3400万人の毎秒3音節からなる退屈な独り言を聴き続けていた私は、自然とあらゆる言葉に意味付けを行わないよう自分を習慣付けていたが、私を起こした言葉は愛を含んだ優しい声かけで、それは私だけに向けられており、内面とは関係なくいくらかの装飾を伴って、おそらく私を起こすためだけに、用意されていたのだ。
「おはよう、おはよう」
結局は、その言葉がわたしを目覚めさせたのだった。
私の脳は久しぶりに耳に入れた人の言葉を懐かしく思い、さっきまで周辺から聞こえていた雑音や誰かの独り言を無視するためのフィルターを
とてもとてもゆるく設定して、あらゆる音を聞こうと、じっと構えていた。
だけど、ああ、この人は、おはようと言って。じっと私の様子を見て。
私が話すのを待っているのだ。1800年を仮想世界で過ごした私の、均一に慣らされた私の人格の、その語るのを。
(しかし、何が語れると言うのだろうか。思考は言葉では追いつかないほど急速に展開され、一方テレパシーのないこの世界で、意味のある言葉を紡げるほどに舌を回す特技は持ち合わせていない。)
あたりが急に静まったので、紛れて消えていたビルの外からの音が耳に障るようになった。
それまで話していた、二人の男性は、白衣ではなく、シャツにネクタイを絞めており、
私が座っているベッドも、ベッドではなく、オフィスの長テーブルのようだった。
自分の身体に接続された機器やケーブルだと思っていたものは、プリンターらしき小型の装置とその周辺装置が正体だった。
ここはラボでも病院でもなく、どこか線路の側の建物で、もし、予想通りに、私の肉体が安置される予定だった土地の余っている土地の
安全で衛生的な地下室ではない保管所だとすれば、あまりにもひどい、出来栄えだと言わざるをえない。
「ここがどこだかわかるか?自分が何者なのかは?いまが何時で、君がなぜ起こされたか、知っているか?」
暫くの間私は質問の答を心に思い浮かべながらも黙ったまま相手を見つめ続けていた。別に、そうすれば伝わると思っていたわけではない。言葉を話そうとする意思とは裏腹に、口や舌は全く思い通りに動く気配がなかった。
「むぐぐぐぐ、うぐー」
よく調べると口にギャグボールが咬ませられていた。
「なにもわからないようだな、しめしめ。」
「いいひろいものをしましたね、どこへ売り飛ばしますか?」