テキスト文章

下品な記事を書かないと死ぬ、と組織に脅されて仕方なく書いています。

もっててよかった漢字検定

 適当に受けて適当に受かった大学に通うことになった俺は、入学式までの一か月半、車の免許を取りつつ内向的な性格をなんとかするために教習所に通いつつバイトをはじめた。部屋の掃除をしながら面接結果の電話を待つが、「またの機会によろしくおねがいします」と言われて落ち込み、2,3日ゲームをして過ごす。気を取り直して部屋の掃除を再開、教習所には定期的に通っていたが教員が怖くなり、一日、また一日とその間隔は広がっていった。このままではいけないと思った頃にはすでに4月、結局なにひとつ為すことができないまま大学生になってしまった。


 大学生になった俺は部屋の掃除をしつつ資格をとって教養を深めようとするが、毎日毎日エロサイトを巡るのに夢中でそんな事をする暇はない。サークルに所属するも人間関係が嫌になって落ち込む。落ち込んでいる間に一年が終わった。俺はいったい何をしていたんだろう。このままではいけない。俺は昔電話で父に言われた言葉を思い出した。「お前はなんにも最後まで終わらせたことがないよな。いつもそうだよな。ちいさいころからそうだよな」
 しかし、ときどきわけのわからないことを言っては話しかけるとキョドる一浪のひきこもりとして不動の評価を得ていた俺にとって二十年間かけて積み上げられた生活パターンを思いつき一つで変えるのは不可能とまではいかなくとも不可能だった。三ヵ月後に退学届を出した。


 ニートになった俺は毎日家族に対しその場凌ぎの言い訳をして時間を稼いだ。ネットで注文した練炭が届くまでの時間稼ぎだ。そしてその間に部屋の掃除を始めた。俺でも何か一つぐらいは成し遂げられることを父に示したかったのだ。もし二つの受話器の間の距離がもっと短ければ、父の挑発はもっと効果的な形で俺に作用しただろう。しかし俺にできるのは部屋を掃除することだけだった。俺は死に物狂いで部屋の掃除をした。


 はたして、いままでにこんなに一生懸命部屋の掃除をしたことがあっただろうか。俺はあたかも台風のように有象無象を部屋の隅へ寄せ、燃えるゴミと燃えないゴミとゴミ以外に分別し、いらないシャツを裂いて雑巾にした。家計簿と腰は「もう簿記簿記だよ!」といい、ふくらはぎとゴミ袋は「もうパンパンだよ!」といった。アマゾンから練炭が届いた午後4時半にはもう掃除は終わっていた。捨てられないものは殆どなかったからスムーズに進んだのだ。
 残ったのはパソコンだけだった。俺は広くなった部屋で窓から差し込む夕日を浴びながらハードディスクに保存されたデータを削除していた。二十年間、成し遂げたのは掃除だけだった。毎日のエロサイト巡りで手に入れた大量の動画も今、削除されようとしている。


 そのとき携帯電話が鳴った。
画面を見て背筋が寒くなった。父だ。母親に甘やかされて育った俺にとって上海でホテル暮らしをしている父は恐怖と権威の象徴だった。電話がかかってきたのは3回しかない。俺の携帯電話にはその3回分の着信履歴がいまでも全部残っている。中学校を休み始めたとき。高校を中退したとき。そして、今日。俺は電話に出た。
「もしもし?」
「よう、久しぶり。どうだ」
「あー、うん。いいよ。すごくいいよ」
「なんだそれ」
「あのさ、まえにさ、お前は何にも最後まで終わらせたことがないみたいなこと言ったじゃん。俺に」
「なに?」
「父さんが俺に、お前は最後まで何にも終わらせたことがないとか、そういうこと言ったでしょ」
「うーん……」
「……」
 俺は急に恥ずかしくなり、言葉を続けることを躊躇った。「掃除をしました」それで?それが一体何の証明になるというのだろうか。わざわざ言うべきことではなかったのだ。俺は他に何かないかと部屋を見渡したがもちろんゴミ袋しかなかった。
「覚えてないけどな。それよりさあ、」
 俺は部屋の入口に目をやった。掃除に夢中で気がつかなかったが、さっき届いた小包はどう見てもA4ぐらいの大きさしかない。本当にこれにバーベキューセットが入っているのだろうか?入っているとしたらかなり無理をして詰め込まれているに違いない。もしかして騙されたのか?差出人の表記を見る。「もしもし?聞いてる?」
「いや、言ったんだよ。電話で。」
「ああ?そうだったか。それはいいんだけどおまえ、」
「言ったんだよ。それでさ、俺は確かにさ、高校も大学も途中で止めたけど、それで何にもしなかったわけじゃないよ。全部最後までやらなかったわけじゃないよ」
さっきまで話していたのが嘘のように声が震え始めた。俺は受話器を少し離れた所に置いた。


そして、小包にもう一度目をやる。


<財団法人  日本漢字能力検定協会


「俺、漢字検定四級とったよ。何にもできない俺だけど、1年間ずっと、漢字の勉強してたんだ」


俺は誇らしかった。
大学生活の最後に受けた漢検4級に、俺は合格していたのだ。
俺が成し遂げられたのは、掃除だけではなかったのだ。
俺は自信を持ってよかった。もっとはっきりと言ったつもりだった。
でも声は震えていた。膝は震えていた。ふくらはぎはパンパンだった。
「それと、掃除もしたよ。すごいきれいになったよ。前、ゴミ溜めみたいっていったっしょ。ピカピカだよ。まあ俺はゴミだけどさ」
「そいつはびっくり餃子!」
え?


「あ、驚いた?実はね、ホテルのキャラクターの肉的餃子っていうキャラクターがいるんだけど、
俺それやることにしたから。会社は止めたから」
「そうなんだ。びっくりしたよ」
「うん。うっ!ギョ!くるしい!」
「えっどうしたの」
「変身の時間だ。もう少し大丈夫かと思っていたけど!」
「そうなんだ。またね」
「ギョ!ギョギョー!」


 父はなんとか餃子というキャラクターになった。俺は漢検に受かった。本当は1年間ずっとエロサイトを巡回していたけど。私生活では絶対に使用しないような英単語を覚えてちょっとエッチなアメリカ人とのコミュニケーションもバッチリです。もう騙しリンクは踏みません。
 そのとき俺は気づいた。俺が成し遂げたのはそれだけではなかったのだ。ノートパソコンを開くと、そこにはエロサイトを効率よく巡回するための自作スクリプトが表示されていた。


 持ってて良かった漢字検定!かくして俺はエロサイトを効率よく巡回するためのスクリプトと、漢字検定四級の実力によって起業し、社会の底辺から一変、株式市場にまで上場したのである。