テキスト文章

下品な記事を書かないと死ぬ、と組織に脅されて仕方なく書いています。

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 読んだり書いたりすることで他人の考えをなぞれるけど、難しい話になると実際にはほとんど伝わっていないと思っている。私は特に人の話が理解できないことが多いと思っている。前提知識や背景を読み手と一致させるためにわかりやすく説明して言葉を尽くすだろう。それで実際に脳が(一部ではあるとしても)同じ状態に同調しているということが物理的に示されたのは感動的だ。

 持っている知識、思想や文化的背景が違うと、同じ情報でも受け取り方が違う。でも、知識や思想をたくさん取り入れた場合、全ての情報を複合した受け止め方をするだろうか?妻が友人と浮気しているという情報はすごく魅力的で、きっと他の考えを駆逐してしまう。思想が競合した場合に強いものが勝つとしたら恐ろしい。直感的に正しいと信じていることが実際にはどのぐらい公平なのだろうか。よく、様々な意見を受け止めてから自分の考えを作りなさい、というけれど、特定の思想が他を打ち消してしまう構造があり得ると思った。

 

 見ておきなさい。自分を見失うということ、大切だと思っていたものを河川敷から投げ捨てること、もうこれ以上頑張るのをやめるということを。そうした後の君は、やはり誰もが予想した通りの顔でいうのです。「

順調に精神を苦しめていて、やはり以前あったように一晩眠れば忘れてまた今度こそはなんともならないことをなんとかできるだろうと誤解している。その繰り返しが偏屈すぎて自己組織化された私と私の分身を取り巻く社会から未知の考えや生産的な生産物を生産するアルゴリズムは未だ見つかっていない。時々吐き出されるため息以外の廃とか良い絵が、いいえ。具体的に言えば、私自身の言うことすらよく理解できないのだから、他人ならばなおさらだなと思う。どこで売っているんだ?解決方法の宿は。

行こう、自己憐憫の谷を越えて、***村の、自分が誰よりも劣っている宿へ、……

先に述べたように、自分を見失ったと形容される状態に遷移することはままある。半年に一度ぐらい。その場合は改めて振り出しに戻って行動基準を再構築する要求に応じなければならない。

 

わたし

きみは影響されやすいのだから
近くにいる人は選ばなければいけないよ

甘やかしてくれる人を
ついすきになってしまうけれど
わたしはかっこいいきみの方がすきだ

やり方をくふうしてまんぞくしてはいけない
ゴールだけを見るんだよ

ゴールというのは速度のことで
みちのりを時間で割ったものだ

きみは足し算はなんとかできるけれど
割り算はからっきしだから
せいぜい二つのことしか同時に計画してはならない。

つらいとか
しんどいとかよくいうけれど
いわなくてもいい。
大丈夫だ。
私にはよくわかっているから

「手ぶらで現れてからそうするより仕方がなかったと思わせる方が一生懸命やった先の灰を見せるよりもずいぶん簡単だと気付いてからは、初めから何も作らないようになった」